東京高等裁判所 昭和54年(ネ)2611号 判決 1981年4月27日
控訴人・附帯被控訴人
甲野花子
右訴訟代理人
中村治嵩
被控訴人・附帯控訴人
甲野市彦
右訴訟代理人
浜田正夫
主文
一 本件控訴に基づき、原判決主文第二項を次のとおり変更する。
控訴人・附帯被控訴人と被控訴人・附帯控訴人との間の長男市治(昭和五一年二月五日生)の親権者を控訴人・附帯被控訴人と定める。
二 その余の本件控訴及び本件附帯控訴をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は、第一、二審を通じて本訴反訴ともこれを三分し、その一を控訴人・附帯控訴人の負担とし、その余を被控訴人・附帯控訴人の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
(控訴について)
一 控訴人
1 原判決主文第二項以下を次のとおり変更する。
(一) 控訴人と被控訴人との間の長男市治(昭和五一年二月五日生)の親権者を控訴人と定める。
(二) 被控訴人は控訴人に対し金二〇〇万円を分与せよ。
(三) 被控訴人は控訴人に対し金三〇〇万円を支払え。
(四) 訴訟費用は第一、二審を通じ被控訴人の負担とする。
2 右1の(三)につき仮執行の宣言。
二 被控訴人
控訴棄却
(附帯控訴について)
一 附帯控訴人
原判決主文第三項を取消す。
二 附帯被控訴人
附帯控訴棄却。
第二 当事者の主張
当事者双方の事実上の主張は、次に付加するほか、原判決の事実摘示中「第二当事者の主張」に記載のとおりであるので、これを引用する。
一 控訴人・附帯被控訴人(以下「控訴人」という。)
1 控訴人は、昭和五二年一二月一三日被控訴人・附帯控訴人(以下「被控訴人」という。)と別居以来今日に至るまで、約三年二か月の間、長男市治を手許におき一生懸命に育ててきている。別居時には一歳一〇か月で物心のつかなかつた市治も、昭和五六年二月五日には五歳の誕生日を迎え、また昭和五五年一〇月一日より自宅からバスで五分で通える千葉県松戸市内の○○○保育園に入園を許され、現在は毎日元気に通園している。
控訴人も、市治の右入園以後働きに出ることができる状態となつたので、昭和五五年一一月一五日より、自宅から一五分程度で通勤のできる株式会社○○○○に入社し、事務員として働いている。控訴人は、毎朝八時半に市治と一緒に自宅を出て、市治を保育園に送り、そのまま会社に出かけて仕事をし、仕事が終ると保育園に寄つて市治を引取り帰宅するという毎日である。控訴人は、右会社から時間給(一時間五〇〇円)の支給を受け、一日七時間勤務しているが、月給制に切り換えることになつている。
2 控訴人が右勤務先から得る収入のみでは勿論十分な収入とはいえないが、幸にして控訴人と市治は、控訴人の母大川せん所有の土地建物に、せん及び二人の弟と同居し、住居費が不要な状態であつた。
右住居は、現在建てかえのため取りこわされているが、昭和五六年四月末には弟洋次所有の新しい建物が完成の予定であり、新築される建物には控訴人と市治が同居することを前提として、同人らの部屋が用意されている。
3 控訴人の母せんは、現在六一才になるが極めて健康であり、昭和四二年頃より有限会社○○食堂で働き、現在手取りで月平均一一万円の収入を得ている。もし、母せんが働けなくなれば、せんが家で市和の世話をし、控訴人が現在よりも多額の収入を得べく働くことができる。
同居している弟の洋次は現在二七才で、七年前より○○建設株式会社でとび職として働いているが、月収は手取り平均二〇万円であり、その約半額は生活費として母せんに渡している。
また、もう一人の弟昭三は、現在二五才で、理容学校卒業後、銀座の理容店「○○」に入り現在に至つているが、いずれは独立して理容店を経営する予定である。月収は手取り平均一五、六万円で、一か月五万円を食費として母せんに渡している。
その他控訴人の兄弟としては、長兄の大川一久四〇才(株式会社○○電化勤務)、長姉の大石とみ子三七才(主婦で、夫は信越○○○○勤務)、次兄の大川二郎三三才(証人大川ゆり子の夫で、東京都江東区において七年前から理容業経営)があり、いずれも裕福とはいえないとしても、極めてまじめな生活態度で堅実な家庭を営んであり、控訴人及び市治に万一の事態が発生すれば、精神的経済的な援助をすることができるのである。
4 以上の控訴人側の事情にくらべ、被控訴人側の事情は決して市治を養育する環境として良好であるとはいえない。
まず、被控訴人は現在二八才という若さで、本人も再婚を考えているということであり、当然に再婚するものと思われる。再婚した場合に新しい妻と市治との関係がうまくいかないであろうことは、被控訴人自ら先妻の子供との間で経験したところである。
次に、被控訴人の経済力についても、被控訴人は甲野土木株式会社を設立し、現在専務として月収一五万円を得ているということであるが、右会社の利益計算としては、昭和五三年一一月決算は赤字、昭和五四年一一月決算は一〇万円の利益にすぎず、経済的に安定しているとはいい難い。特に、被控訴人が市治に愛情をいだきながら、別居後今日に至るまで約三年二か月間、一銭の養育費も送つてこないことは、被控訴人の生活が安定していないからと想像せざるをえない。
最後に、被控訴人側の市治を養育する環境として最も懸念されることは、被控訴人、その両親と妹のすべてが離婚の経験者ということである。離婚に至る原因は種々さまざまであり、決して被控訴人らを非難するものではないが、家族の構成員全員が一回もしくは二回の離婚の経験者ということは、市治を養育する場所としてふさわしくない。
5 以上の次第であつて、長男市治の親権者は控訴人とするのが相当である。
仮に右親権者を被控訴人とする場合には、控訴人を監護者と定めることを求める。
二 被控訴人
1 控訴人のなした飯場の炊事、人夫の給料計算、帳簿づけ、職業安定所行き等の事務は、それ程重労働ではなく、土建業者を夫にもつ妻としてはごく当り前の労働であり、財産分与については右の点を過大に評価すべきではない。
2 控訴人は、何事にもルーズで、家内の整理整頓も掃除も殆んどせず、朝食が終ると跡片づけもせず、昼寝したり、テレビを見たりして、市治に対しては全く無関心であつて、同人を散歩等に連れていかず、同人の栄養、食欲についても無関心で、同人は空腹のあまりテーブル上の食べ残しを食べたり、おひつに手を入れて食べていることもあり、その離乳食についても全く無関心で、同人にしるかけご飯を食べさせたりした。また、控訴人は、被控訴人の親との別居につき自分の意見が通らないと思うと、全く被控訴人に無断で一方的に妊娠中絶をするなど、子に対する愛情がない。このように、控訴人には監護能力が著しく欠如しており、到底市治の監護を控訴人に任すことはできない。
3 控訴人は、現在実家に居住しているが、弟の洋次が結婚すれば、実家を出ることになつており、その際控訴人は間借り生活を始めざるを得ない。その場合、控訴人は、市治を保育園に入れて、自らは就職し自活するというのであるが、控訴人自身未だ就職先は決まらず、保育園に入園できるかも全く未定であり、将来の生活についての具体的展望がない。また、控訴人は母のせんに市治の世話を看てもらうことを考えているが、右せんは現在食堂で稼働中であり、右仕事をやめるという点についての展望は全くない状態であり、かつ、せんは控訴人以上に監護能力が欠知している。このように控訴人の監護環境は劣悪であり、それに比し、被控訴人側には、甲野弓子という監護の最適任者がいるのである。
4 以上の次第であつて、長男市治の親権者は被控訴人とするのが相当である。
第三 証拠<省略>
理由
一当裁判所は、控訴人の財産分与及び慰藉料の反訴請求については、金一〇〇万円の財産分与を認め、その余の請求は理由がないものと判断し、また、控訴人及び被控訴人の各申立にかかる親権者の指定については、控訴人と被控訴人間の長男市治の親権者を控訴人と定めるのが相当であると判断する。その理由は、次に付加するほか、原判決の理由と同一であるから、これを引用する。
1 <省略>
2 原判決二六丁表四行目から二九丁表一行目までを、次のとおりに改める。
「一 <証拠>総合すると、次の事実が認められ、<る。>
1 控訴人と被控訴人とが昭和五二年一二月一三日別居して以来今日に至るまでの三年二か月余の間、同人らの長男市治は、終始母である控訴人の手許で生育し、別居時には一歳一〇か月余であつたものが現在では満五歳を超え、昭和五五年一〇月一日からは千葉県松戸市の○○○保育園に入園し、以後控訴人に附添われて通園し、現在元気に日々を送つている。
2 控訴人は、昭和五五年一一月一五日から、一五分程度で通勤可能の不動産業者株式会社○○○○に入社し、平日午前九時から午後五時まで事務員として勤務し、現在は月収一〇万円の支給を受けている。
3 控訴人は、従来母の大川せん及び弟二人と共にせん所有の土地建物である肩書住居に同居してきたが、右住居は現在改築のため附近のアパートを賃借して居住している。しかし、右土地上には昭和五六年四月末に弟の大川洋次所有の新築建物が完成の予定であり、同建物内には控訴人と市治が居住する部屋が用意されており、洋次は将来同人が結婚した後においても控訴人母子が右部屋に引続き居住することを承諾している。
4 控訴人の母せんは、現在六一歳になるが、有限会社○○食堂で働き、現在月収手取りで平均一一万円程度の収入を得ており、控訴人の弟二人のうち、大川洋次はとび職として働き、月収手取りで平均二〇万円を得ており、その約半分を生活費として母せんに渡しているし、次の弟の大川昭三は理容店に理容師として勤務し、月収手取り平均一五、六万円を得ており、そのうち五万円を食費として母せんに渡している。
5 被控訴人は、控訴人との別居後、養父甲野正男及び実母甲野弓子と共に肩書住居に同居し、被控訴人ら家族が設立した土建業の甲野土木株式会社の役員として、現在被控訴人が一五万円、父の正男が二〇万円、母の弓子が一三万円の収入を得ており、右会社は常時一五、六名の労務者を使用しているが、会社としての利益は赤字もしくは僅少であり、被控訴人は別居後市治の養育費を負担したことは全くない。なお、被控訴人の母弓子は、パチンコ、マージャン、飲酒を好む四八歳の女性である。
6 控訴人、被控訴人は、いずれも市治に対し親としての愛情を有し、自己の手許で養育することを求めている。
二 以上の事実によれば、少なくとも現状においては、長男市治の監護能力、監護環境につき、被控訴人側の事情が控訴人側の事情に比し特に優れているものとは認め難く、右両者間にさほどの差がない以上、控訴人が三年余にわたつて市治を養育してきた現状を尊重すべきであり、また右養育の現状にかんがみれば控訴人が通常の母親として子を養育する資格に欠けるものとは認められず、更に子の幼児期における生育には父親よりも母親の愛情と監護が重要であることをも考慮し、市治の親権者を控訴人と定めるのが相当であると思料する。」
二以上のとおりであつて、原判決中、親権者指定の部分は不当で、その余は相当であるから、本件控訴は一部理由があり、本件附帯控訴は理由がない。
よつて、民訴法三八四条、三八六条、九六条、八九条、九二条に従い、主文のとおり判決する。
(村岡二郎 宇野栄一郎 清水次郎)